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日常|ここちよく#4-吉本ばななー

作家・吉本ばななさんがここちよいと思うもの・ことについてつづるエッセイ。

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VOL.4 日常

歩いていける場所に、とてもいいカフェがある。

清潔だし、置いてあるものは古道具なんだけれどきちんと手入れされていてセンスがよく、飲みものも食べものもおいしく、そこの奥さま手づくりのデザートがそんじょそこらにはないようなすばらしいできなのだ。

ご主人の骨董の趣味と奥さまの卓越した人間力が作り上げた、夢のような空間がそこにはある。

土日は混んでいて入れないことが多いので、平日の空いている時間を狙っていく。

近所のお年寄り軍団にとってもそこはちょうどいい心地よさの場所らしくて、数人がカウンターに座って奥さまと話をしたり、のんびりとお茶を飲んだりしている。

 

何年も通っているので、なんとなくわかってきた。

たまに、来なくなるおじいちゃんやおばあちゃんがいることを。彼らは亡くなったわけではなくて、施設に入ったか、あまり遠くまで歩けなくなってしまったようなのだった。

それは決して悲しいことではない。毎日歩いてお茶をしにいくのが楽しみだった生活から、家の中で暮らす生活にだれもがいつか入っていく。それでもたまに車椅子で来る人や、外出の日でと息子さんや娘さんに連れられて来る人がいる。

奥さまが「お久しぶり、どうしてらしたの?」と話を聞いてあげる。それを聞いているだけで心が温かくなってくる。

 

カウンターに座る人が多いから密になるという理由で、コロナ禍の数カ月間お店はお休みしていた。私も淋しかったけれど、常連のお年寄りの方たちはもっと淋しかったらしい。

再開したお店のテーブル席に座っていると、ぽつりぽつりとマスクをした年配の方たちがやってくる。

奥さまが「このあいだ、〇〇さんが歩いていらしたのよ。でもお茶を飲んだら満足しちゃって、帰りはタクシーで帰られたわ」とか「手術たいへんでしたね、もういいの?」などと話しかけている。

これぞオアシスだなと思う反面、私もまた、その人たちが幸せそうにここ数カ月のことを話す声を聞いて、そしてそれに答える奥さまの声を聞いて、癒されていた。

 

なんということのない日常の、一時間に満たないちょっとした安らぎを求めて、そのお店に歩いてくる人たち。私だってそうだ、明日は、あさっては、どうなっているかわからない。だからこそ、そんな小さなオアシスが日常には必要なのだ。

 

PROFILE
よしもとばなな:1964年、東京生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著作は30カ国以上で翻訳出版されている。近著に『吹上奇譚 第三話ざしきわらし』(幻冬舎)などがある。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた文庫本も発売中。

イラスト/牛久保雅美

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