おしゃれって、小さな粒々のようなものがたくさん重なり合っているものなんだなとよく思う。
朝起きて、顔を洗って、さっぱりとしたときに、自分の手のひらで自分の顔を包み込んだり、触ったり。
そのときの感触で、何かを知るところから始まる。ざらっとしているのか、もちもちなのか。かさかさなのか、しっとりなのか。
今日は外をたくさん歩くからと思えば、日焼け止めをきちっと塗ったり。
そんな小さな積み重ねが全てなのではないかと思う。それが総合されたものが、その人のたたずまいなんだなあと。
元ご近所さんの百歳のおばあちゃんに会いに行った。その施設ではみんな同じパジャマを着ていて、おばあちゃんはほとんど寝たきりだった。意識もあまりはっきりしていなくて、もうろうとした中でうわごとを言っていた。
もうこれが最後なのかもしれないと思ったので、悔いのないようにいろいろ話しかけて、お礼を言って、涙をこらえながらその施設を出た。
後から聞いたら、寝る時間がずれると困るのでとても強い睡眠薬を寝るときに与えていて、その影響が昼間にも出てしまうということだった。
しかし、最後は地元で過ごさせてあげたいと考えたお嬢さんの努力により、おばあちゃんは地元から遠かったその施設を出て、人気でなかなか入れなかった故郷の街の施設に入ることができた。
会いに行ったら、おばあちゃんはなんと起き上がって車椅子に乗り、自分でごはんを食べるようになっていたので、ものすごくびっくりした。
窓の外の景色はそんなに変わらないのに、そして歩いて外出するわけでもないのに、自分が生まれ育った街であることはなんとなく彼女に伝わっているように思えた。私はこの近くで生まれたのよ、とおばあちゃんが誇らしげに言っていたからだ。
そこに移って気力がわいてきてから、おばあちゃんはパジャマから洋服に着替えたいと言って、着替えるようになったそうだ。
どうでもいいと思って心を殺してしまえばそれはそれで生きていけるその環境の中で、おばあちゃんは百歳すぎても、今日はなにを着よう、これがいい、と思う気持ちを取り戻した。おばあちゃんが積み重ねてきたおしゃれの歴史がおばあちゃんを助けているように見えた。
髪の毛を整え、きれいな色のセーターを着たおばあちゃんは、まるで元気だった頃のままに見えて、それはそれで涙、なみだであった。
PROFILE
よしもとばなな:1964年、東京生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著作は30カ国以上で翻訳出版されている。近著に『吹上奇譚 第三話ざしきわらし』(幻冬舎)などがある。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた文庫本も発売中。
イラスト/牛久保雅美