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重ねるほどに美しく#3|世界に認められた、素顔のワイン

第三回:世界に認められた、素顔のワイン
三澤彩奈さん(中央葡萄酒株式会社)

どうすれば、自分らしく歳を重ねていけるだろう? どうすれば、今日より明日、そして数年後の自分を楽しみに感じられるだろう?「重ねるほどに美しく」は、そのヒントを求めて、さまざまな分野で活躍する美の匠を訪ねる企画です。時の経過を大切にとらえ、未来に残る仕事を続ける職人たち。ここでは、そうした職人が生み出すものと、その一途な仕事ぶりから、年月を重ねることによって引き出される魅力を紐解きます。

第三回目の職人は、山梨県・甲府市でワイン醸造を手がける三澤彩奈さん。「甲州」というブドウを世界に広めた三澤さんが考える、時を経て滋味豊かに変化するワインの魅力とは?

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世界から評価されるワイン造り。その情熱の原点

降水量が少ないこと、日照時間が長いこと、朝夕の寒暖差が激しいこと――。ブドウ造りに適しているといわれる3つの条件がそろう、山梨県甲州市。この地に、通称「グレイスワイン」で知られる中央葡萄酒株式会社はあります。このワイナリーで栽培と醸造の責任者を務める三澤彩奈さんは、日本で数少ない女性醸造家の一人。三澤さんが醸造家を志したのは、ワイン醸造の権威として知られるドゥニ・デュブルデュー教授との出会いがきっかけでした。

三澤さんがデュブルデュー教授に出会った2004年当時、日本のワイン造りは、ブドウの質よりも醸造技術を重んじる傾向にありました。けれど、「ワインの質の80%はブドウが決める」というのが教授の理論。いいワインを造るためには、科学的なアプローチが不可欠だという信念を持っていました。 

隙のない緻密なワイン造りと、ものづくりに対する真摯な姿勢に打たれた三澤さんは、醸造技術を学ぶため、24歳でボルドー大学に留学。

「甲州種は、醸造家にとっていまだ未知の部分が多い、ポテンシャルのある品種です。子どものころから親しんできた品種だから、醸造技術を学ぶことで、何とか開花させてあげたいという思いがあったんです」

三澤さんが醸造を手がけた「キュヴェ三澤」シリーズ。裏ラベルには「どうぞ美味しく召し上がって頂けますように」と手書きの文字がプリントされています。

甲州種のポテンシャルを引き出す栽培技術

海外のワイナリーでさまざまな醸造法を学んだ三澤さんの提案により、中央葡萄酒では山梨県北杜市明野町の自社畑にて甲州種の栽培を本格的に開始。2005年より従来の「棚栽培」から、日光が葉に満遍なく当たり、果実への風通しも良くなる「垣根栽培」と呼ばれる方法にシフトチェンジしました。これによって甲州種の糖度を上げることに成功。ワインの醸造段階で糖を加える「補糖」を行わない、ナチュラルなワイン造りが可能になったそうです。 

もちろん、垣根栽培に切り替えて、すぐに結果が出たわけではありません。中央葡萄酒では以前も垣根栽培に挑戦したことがあり、そのときは花や実がならず、失敗に終わってしまったといいます。同様の結果に終わるかもしれないという不安がある中で、三澤さんは試行錯誤を重ねていきました。

 「最初に糖度20度(※)を超えたのは2012年でした。甲州種は樹の生長する勢いが強いため、棚栽培だと1本の木につくのは500房ほど。でも、三澤農場の甲州種は1本の木に対して10〜20房くらいしかつかないんです。キュッと小さく育てるので、凝縮度も増したのだと思います」

※ワインには一般的に糖度20度以上のブドウを使用する。甲州種は糖度を上げるのが難しい品種であり、「糖度20度の壁」といわれていた。

12ヘクタールもの面積を誇る明野・三澤農場。青々と茂る葉の陰から、ブドウの実が顔をのぞかせていました。

ブドウ畑の美しさが、ワインを味わい深くする

グレイスワインの要である明野・三澤農場の特徴は、フランス式庭園のような幾何学的な美を感じさせること。等間隔に植えられた樹々ときれいに剪定された枝が、この美しい景観をつくり上げています。そのブドウ畑を眺めながら、「畑は醸造家のスタンスを映す鏡」だと三澤さんは話します。

 「いいレストランのキッチンって、整頓されていますよね。美しいものをつくりたいなら、それを生み出す場所も美しく整える必要があると思うんです」

「良いワインは良い畑から生まれ、良い畑は美しく整頓された畑でもある」。それが、三澤さんの信念です。三澤さんは7年間に及ぶ試行錯誤を経て、豊かな実りを生むブドウ畑を作り上げました。それは、甲州種の良さを引き出すための科学的なアプローチと、惜しみない手間を掛け合わせた結果、たどり着いたもの。だから、三澤農場の畑の美しさは、単なる形としての美ではありません。その背景には、数えきれないほどの挑戦と失敗、奮闘の歴史があるのです。どこまでもひたむきにワイン造りに向き合う三澤さんの姿勢は、働く女性の輝き方にヒントを投げかけてくれているようにも感じます。

甲州ワインが、世界に評価された日

三澤さんが限りない愛情を注いで完成したワイン”甲州”は、2013年に「デキャンター・ワールド・ワイン・アワード(以下DWWA)」で金賞を受賞。18,000点以上のワインが出品される世界最大の国際コンクールで、金賞はその中のわずか2%程度です。

それまで、甲州種を使用したワインは賞を取りにくいといわれていました。味わいが繊細であるが故に、主張が控えめで、他のワインと並んだときに個性が埋もれてしまうからです。

 「糖度20度を超えるブドウを使い、補糖を行わなかったのが、それまでの年との一番の違いでした。いわば“スッピン”で勝負した甲州種。醸造段階から、本物の甲州種を造っているという自信を感じていました」

 数多くの賞賛の中で、三澤さんの心に残っているのは、ジャンシス・ロビンソンというワイン評論家の言葉。「試飲した後、彼女が『Today KOSHU has really arrived ! (今日、甲州が本当に上陸した!)』と言ってくれたんです。甲州に向き合ってきた時間は無駄ではなかったと、心の底から喜びがこみ上げてきましたね」

 どんなときも、理想のワインを追い求めることをやめなかった三澤さん。彼女の視線の先には今も、尽きることのない夢が広がっています。「私は“偉大なワイン”…つまり“人の心に響くワイン”を造りたい。雪の降る日も畑を手入れしたり、ブドウ1粒1粒を目視で選果するなど、手間暇を一切惜しまないのはそのためです。ブドウにかけた愛情が、ワインの味にあますところなく反映されると信じていますから

2013年の初受賞以来、DWWAでは5年連続の金賞受賞。2017年は、金賞とプラチナ賞のダブル受賞を果たしました。


三澤さんが生み出すワインの奥深い魅力、いかがでしたか? 「美しいものは美しい場所から生まれる」という三澤さんの言葉には、一途に理想に向かってゆく純粋さと、結果を諦めない粘り強さが隠されているように感じました。

 美しさとは、その人の生きる姿勢や心の内面がにじみ出るもの。だから私たちも、「自分の今の生き方はどうだろう?」と折に触れて振り返る習慣を持ちたいですね。

さて、次回のテーマは、「時間の経過とともに深みを増す、ワインの魅力」。三澤さんに、“待つ時間”の大切さを教えていただきます。8月下旬ごろの公開をお楽しみに。


<プロフィール>
三澤彩奈(中央葡萄酒株式会社)/ワイン醸造家

1923年設立。中央葡萄酒株式会社の4代目オーナー・三澤茂計氏の長女として生まれ、幼いころからワイン造りに親しむ。ボルドー大学ワイン醸造学部DUAD卒業。南アフリカ・ステレンボッシュ大学院にてブドウの生理学コース修了後、ニュージーランド、オーストラリア、チリ、アルゼンチンなどのワイナリーで研鑽を積む。2014年、世界最大級のワインコンクール「Decanter World Wine Awards」にて、日本ワイン初の金賞を受賞。2016年には、「グレイス・エクストラ・ブリュット 2011」「グレイス甲州プライベート・リザーブ2015」でアジア初のプラチナ賞・ベストアジア賞を受賞した。

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