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ヴェルサイユでつけボクロが流行した理由|美容史#2

教科書には載っていない、知られざる美容の歴史を紹介します。

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ヴェルサイユでつけボクロが流行した理由

かつての欧米社会では、自分の容貌をよく見せようとメイクをがんばることは、「慎ましさ」に欠ける行為だとみなされがちでした。派手そうなヴェルサイユ宮殿の貴婦人たちでも、そうした事情は同じです。

白い美しい肌に憧れる気持ちは、貴婦人たちにも当然ありましたが、白粉(おしろい)を塗りたくることはあまり好ましい目で見られません。このため、一説にイギリス生まれの「つけボクロ」が、大活躍したのです。

つけボクロの使い方はとても簡単。黒いビロードを、実際のホクロよりも大きめのサイズに切りとって、顔に貼りつけるだけ。お好みで、星や三日月、ハートなどの形にしてもOK。貼ってみれば、あら不思議。黒い大きなつけボクロとのコントラストで、白粉なしの素肌が白く美しく見えるのです。

大きなつけボクロのカモフラージュ効果が、より強く必要とされる場合もありました。天然痘が猛威を振るっていた当時、運よく病を克服できたとしても、顔の肌に痘(あばた)痕が残ってしまうのです。有能なコンシーラーが存在しなかったので、大きなつけボクロは、痘痕を隠す手段としても重宝されていたのでした。

こうした背景ゆえに、派手なメイク法にもかかわらず、つけボクロは黙認されたのかも。

フランスでのつけボクロの流行は、16世紀から18世紀半ばくらいまで約200年の長期間にわたりました。女性たちは熱烈につけボクロを支持していたのですが、男性からの評判はあまりよくなかったようです。

 

 

Profile
堀江宏樹
作家、歴史エッセイスト。古今東西の恋愛・生活文化に造詣が深く、さまざまなメディアで執筆中。『愛と欲望の世界史』『ときめく源氏物語』(共に王様文庫・三笠書房)など著書も多数。

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